mituhaのこと。

言葉遊びのショートショート。

桜の花の咲くころに。

3月の末になっても京都の春はまだ遠い。マフラーの隙間から首を撫でるように入り込む風が体温を奪っていく。早く暖かくなってほしいと思いながら、その冷たさが気持ちを冷静に引き締めてくれる気がする。トレンチコートの下は、仕事の日でも着ていかない漆黒のスーツに袖を通し、グレー地にクリアな白のストライプのネクタイをキュッと締めた。今日が人生で一番大切な日になるように。
だが、地下鉄で二条駅まで行く車内は、日曜日だからか、嵐山方面の嵐電に乗り換えるだろうリュックを背負った外国人やカジュアルな服装のカップルがちらほらいる程度で、最後尾の窓際で外に向いて立っていても、スーツに真紅の薔薇の花束を持った様はいささか場違いな気もする。それでも今日は特別な日だからこれと決めていたんだと、窓に映る自分の顔に言い聞かせ、恥ずかしさを中和した。
二条駅の改札を出て地上へ上がると寒さが一段階強まって、ぶるっと震えて体に力が入ってしまいそうになる。花束を潰さないように抱えて、足早に三条商店街に向かう。そこが近づくほど、緊張と会いたい気持ちが高まっていくのがよくわかる。おみくじのあるお寺の門をくぐり、"お待たせ。"と気持ちの中でつぶやく。
"岩佐家之墓"と彫られた前に腰を下ろし、"久しぶり。元気だった。"と語りかけ、柄杓で彼女を綺麗にぴかぴかにしてオシャレさんにしてあげると、喉の奥が支えるような緊張感が襲う。うまく言えるかな。わからないけど、ここまできたら、俺も男だ!ちゃんと決めないと怒られるぞ!と心を決めた。
「ちえ。遅くなってごめん。俺と結婚してください」
薔薇の花束を差し出すと、ふわっと暖かな風が吹いた。空から「待ちくたびれたよ。」と笑み声が聞こえた気がした。

視線をあげると、柔らかな春空に桜が一輪咲いていた。

#花と商店街と冬  #桜